65年までジャクソン兄弟は、ジャクソン・ファミリーやジャクソン・ブラザーズといった名前で活動していましたが、グレン・パークでの子供向けファッションショーへの出演を機にグループ名をジャクソン・ファイヴとしました。その後インディーズレーベルのスティールタウン・レコードを経て、69年にモータウン・レコードからメジャーデビュー。シングルが4曲連続で全米1位を獲得するなど出だしこそ順調だったものの、徐々にグループとレコード会社との音楽的方向性の違いが顕著になり、ジャクソン・ファイヴは75年にモータウンと決裂、翌年エピック・レコードへ移籍します。
この時モータウンは「ジャクソン・ファイヴという名称は我が社の登録商標」と主張してその使用を認めず、ジャクソン兄弟はグループ名をジャクソンズと改めたのです。しかしジャーメインは、ベリー・ゴーディー・ジュニア(モータウン創設者)の娘ヘイゼルと結婚しており、やむなくグループから脱退、ソロへと転向します。代わりにサブメンバーとしてグループに同行していた末弟のランディが、ジャクソンズに正式加入しました。その後ジャクソン・ファイヴは83年に行われたモータウン設立25周年記念コンサートで再結成を果たし、翌年にはジャクソンズのVictoryツアーでジャーメインが正式にグループへ復帰。
ようやく兄弟6人が揃ったジャクソンズでしたが、家族間での意見の食い違いなどが明らかとなり、このツアーを最後にマイケルとマーロンはソロ活動に専念するためグループを離れました。残った4人は89年にアルバム「2300 Jackson Street」をリリースしますが、途中からランディもグループ活動には参加しなくなり、この作品を最後にエピックとの契約も終了しました。
01年に行われたマイケルのソロ活動30周年記念コンサートでは兄弟6人が揃ってステージに立ち、17年ぶりの再結成ライヴを披露。11年にカーディフと東京で開催されたマイケルへのトリビュートコンサートでは、ジャッキー、ティト、マーロンがジャクソンズとしてステージに立ちました。そして12年、ジャーメインを加えた4人体制でのジャクソンズによるUnityツアーの開催が発表されました。